
一般財団法人あしなが育英会は、病気・災害・自死などで親を亡くした子どもたちや、親が障がいを抱えて働くことが難しい家庭の子どもたちを、奨学金と教育支援、そして心のケアを通じて支えてきた民間の非営利団体です。その礎を築いたのが、同会の創始者である故人です。ご遺族の意向により葬儀は近親者のみで執り行われましたが、世界中に広がる縁者や支援者が「お別れを言いたい」という思いに応えるべく、2025年12月に「お別れの会」が開催されました。
本記事では、会の中心的な運営を担った会長室室長の小椋様と、アフリカ事業部で20年のキャリアを持ち企画段階から携わった沼様に、開催の背景から準備中の葛藤、当日のこだわり、そして故人の意志を引き継いでいく想いまでをお聞きしました。
──はじめに、あしなが育英会の事業概要と、お二人の日々の活動について教えてください。
小椋様:あしなが育英会は、親を亡くした子どもたち、あるいは親が障がいを負って働くことが難しい家庭の子どもたちを、奨学金・教育支援・心のケアという三つの柱で支える民間の非営利団体です。政府や自治体からの助成金は一切いただいておらず、すべての活動資金を個人・企業の皆様からのご寄付で賄っています。
私たちが大切にしているのは、「貧困家庭が貧困の負の連鎖を解くためには、教育が最も重要だ」という信念です。経済的に苦しい環境にあっても、子どもたちが平等に学びにアクセスできるよう下支えしていきたいという思いで活動しています。
私は会長室に所属し、故人の秘書を5年半にわたって務めました。現在は後任の代表者の秘書をしています。
沼様:私は今まで20年間、海外事業を担当してきました。2014年からは「あしながアフリカ遺児高等教育支援100年構想」という事業に携わり、サブサハラ・アフリカ地域出身の遺児学生たちへの高等教育支援として、採用活動から学生支援、大学連携までを担当しています。
──故人は、組織の中でどのような存在でしたか。
沼様:故人は、あしなが育英会にとってのビジョナリーそのものでした。多くの人が、この人のために、この人と一緒に、という気持ちで動いていたと思います。常に未来を見据えて、あしながの可能性、職員の可能性、学生の可能性、そしてこの組織がどこへ向かうべきかを示してくれる存在でした。
私が今携わっている100年構想という事業も、もともとは故人が2010年にウガンダを訪れ、現地の子どもたちが持つ可能性に感動して着想したものです。故人は「マジックハンド」と称されていました。一度握手してしまったら離れられない(笑)。言葉が通じなくても、どこの国でも人を惹きつける、本当にカリスマ的な方でした。
小椋様:私があしながに入ったのは8年前で、会長室に来たのは約6年半前です。ちょうど2020年1月に会長室専属になったその直後に、コロナ禍が始まりました。
当時、故人はハイリスクの高齢者で、感染させてはいけないということで、ご自宅をオフィスとして、オンライン会議や印刷環境なども整備しました。今振り返ると、あの頃から少しずつ後継者に委ねていく心の準備が始まっていたのかなと感じます。
──故人のご逝去を受けて、お別れの会を開催しようと決めた経緯を教えてください。
小椋様:故人には、国内外に本当にたくさんのご縁のある方がいらっしゃいました。コロナ禍で長い間会えなかった時期もありましたし、突然の訃報でしたので、「会いたかったけれど会えなかった」という方がとても多かったと思います。
ご遺族のご意向として、ご葬儀はお身内だけで静かに執り行いたいとのことでした。それであれば、社葬のような形でお別れの会を後日開催するのが自然だという流れになりました。やはり故人の残した功績を多くの方に知っていただき、お別れを言いたい方には来ていただける場を作りたいという思いがありました。
沼様:故人は、人に囲まれることが大好きな方でした。卒業生たちは家族のようなものだとおっしゃっていて、最後にそんな皆さんとお会いできる場を設けたいという気持ちもありました。きっと故人自身も、会いたかった人がたくさんいたと思います。
──準備を進める中で、特にこだわった点や悩んだ点はありましたか。
小椋様:参加者の告知と人数管理は、一番頭を悩ませましたね。招待状を出す形式ではなく、本会ホームページと新聞への記事掲載で告知したので、実際に何人いらっしゃるかが当日まで読めませんでした。会場で当日準備した席数は200席程度でしたが、結果的には席数を上回る方にご来場いただき、ロビーに事前に準備していたモニターを2台設置して、ロビーの階段下まで皆さんが立って式典の様子をご覧になるという光景になりました。本当に多くの方に慕われていた方だったのだなと、改めて実感しました。
また東京会場のほかに、神戸と仙台の事務所にも追悼の場を設けて、遠方でいらっしゃれない方にもお参りいただける場を設けました。
──祭壇のデザインにも特別なこだわりがあったと伺いました。
小椋様:非営利団体という性質上、予算には限りがあります。ただ、それ以上に「あしながらしさ」をどう表現するかで悩みました。故人は華やかな雰囲気が好みでしたので、祭壇に彩を添える案も出たのですが、最終的には「清潔感」「高潔さ」「清廉潔白」を体現するような、シンプルで品のある白いデザインに落ち着きました。
──遺影の選定にも時間をかけられたそうですね。
沼様:これは本当にこだわりました。参列者の皆さんは「元気だったあの頃の故人にもう一度会いたい」という気持ちで来てくださると思ったからです。そのため、晩年のお写真ではなく、2011年ごろの、本当に自然な表情で、優しさが溢れているお写真を選びました。
また、遺品として故人の万年筆と便せんを展示しました。故人は、これと思った人には必ず直筆のお手紙を書く方で、遺品整理をしたら、まだ出していないお手紙が出てきたほどです。「ペンで闘う人」というような方でした。この万年筆は、お別れの会終了後にはご遺族にお返ししましたが、本当に多くの方が手に取って見てくださいました。
──当日の式典は、どのような時間になることを目指しましたか。
沼様:「悲しみに溢れた場ではなく、賑やかで、明日から頑張ろうという気持ちで帰れる場にしたい」というのが、私たちの共通の思いでした。卒業生同士も久しぶりに顔を合わせる場になるわけですから、お別れをしながらも、再びつながれる、前向きになれる時間にしたいと思っていました。
小椋様:会場で流す故人の追悼映像も、故人が参列者に語りかけてくれるようなものにしたいと思いました。団体のアーカイブにある映像を片っ端から見て、「君たちがこれから未来を変えるんだ」「これからはあなたたちの時代だ」というようなメッセージをつないだ映像にしました。エンディングは故人が学生たちに囲まれて笑っている場面です。
弔辞も多彩な方にお願いしました。奨学金支援を受けて社会に出た日本人の卒業生、アフリカからの留学生。国境や年齢を超えて、父と子のような深い縁で結ばれていたことが伝わる構成になったと思います。
──会を終えてみて、「開催してよかった」と感じた瞬間はどこでしたか。
沼様:個人的には、故人への恩返しができたという気持ちが一番大きかったです。20年間、本当に多くのことを教えていただいて、感謝してもしきれません。追悼の場も含めて、これだけ多くの方が足を運んでくださったのを見て、「すごい人のもとで仕事ができたんだな」と、改めて誇りに思いました。
式典が終わったあと、参列者の皆さんが会場のあちこちで輪になって話していて、それが一番の答えだなと思いました。故人が一番喜ぶ光景だったと思います。
小椋様:なぜこのタイミングで自分が会長室長なのかと、最初は正直なところ重責に押しつぶされそうでした。60年近く故人と関わってきた方もいる中で、自分が皆さんの気持ちを汲んだ会にできるのかと。最初は担当することを辞退しようとさえしていました。でもそこで思い出したのが、故人が私におっしゃっていた言葉でした。「やると決めたら迷うな、覚悟があれば何でもできる」。腹を決めてやり切ることが、自分に課せられた役割だと思い直しました。
そしてもう一つ、このお別れの会には、新体制への引き継ぎという意味もあったと思っています。故人は逝去前に「村田のことを頼むで」とおっしゃっていました。式典の締めの言葉を現会長の村田が述べ、「あしながはこれからもこの志を継いでいく」ということを参列者の皆さんにお伝えする場にもなりました。
──今回の経験を通じて、故人のDNAをどのように受け継いでいきたいとお考えですか。
小椋様:故人は一人で始めた運動を、ここまで大きくしてくださいました。これからは、故人から直接パッションをいただいた私たちが、次の世代へとつないでいく番です。故人を直接知らない職員や学生が増えていく中で、「あしながの原点はこういう人だった」ということを伝え続けていきたい。「今ある寄付が当たり前じゃない」ということ、その出発点に故人という人間がいたということを、語り続けていくことが私の役割だと思っています。
沼様:故人の志を受け継ぐというのは、軽々しく言えることではないと思っています。でも、75歳でアフリカに渡って「これをやる」と決めてやり通した人の話を、アフリカからの留学生たちに伝えたいです。故人と一緒に仕事ができたのは本当にラッキーだったと思いますし、直接学んだこと、言っていた言葉をこれからも伝え続けていきたいと思っています。
──最後に、これからお別れの会の開催を検討している企業・団体の担当者の方へメッセージをお願いします。
小椋様: 故人が創業者や代表者の場合には、その方の遺志が組織にどう継承されるかというメッセージを、お別れの会を通じて発信することも、担当者の大切な役割になると思います。方針が変わるのではないか、という不安を持っている方に対して、「私たちは変わらずこの志を引き継ぐ」ということを伝えられる場でもあります。
準備を進める中で、「なぜやるのか」「誰のためにやるのか」というところを、最初のうちにきちんと話し合って擦り合わせておくことが大切だと感じました。パートナー会社と進めていく中で方針が途中でブレてしまうと、担当者は本当に大変です。譲れない部分はしっかり話し合って決めておく。その上で、故人とゆかりのある方と、開催側が良き橋渡し役となって、参列者の皆さんにとって「いい時間だった」と思えるような場を作り上げていただければと思います。
沼様:担当者自身にとっても、いいお別れになるといいと思います。ただつらいだけで終わってしまっては、あまりにも重すぎる仕事です。私自身、今回の会を通じて気持ちの区切りがつけられたと感じています。担当者も人間ですから、「ありがとうございました」という気持ちで終われるような会にしてほしいなと思います。